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札幌地方裁判所 昭和52年(ワ)195号 判決 1977年12月20日

原告 甲野太郎

被告 札幌弁護士会

右代表者札幌弁護士会長 水原清之

右訴訟代理人弁護士 牧雅俊

同 能登要

同 五十嵐義三

被告 日本弁護士連合会

右代表者日本弁護士連合会長 宮田光秀

右訴訟代理人弁護士 小山勲

同 川端和治

主文

一  本件訴えを却下する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

〔被告らの本案前の申立て〕

主文と同旨

〔請求の趣旨〕

一  被告札幌弁護士会は、昭和四九年七月二六日札弁第六〇六号及び同年八月二日札弁第六一〇号をもって原告に対してした各決定処分を取り消せ。

二  被告日本弁護士連合会は、昭和五一年五月一四日日弁連総第一一九号をもって原告に対してした決定処分を取り消せ。

〔請求の趣旨に対する被告札幌弁護士会の答弁〕

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

第二当事者の主張

〔本案前の抗弁〕

原告の本訴請求は、被告らが原告に対してした各決定処分の取消しを求めるものであるが、およそ、この種の訴えには、その根拠を示す明文の規定が必要であるのに、民法、弁護士法その他の法令には、原告の請求を基礎づける規定がない。よって、本件訴えは、法令の要件を具備せず、訴えの利益を欠く不適法なものであるから、却下されるべきである。

〔本案前の抗弁に対する答弁〕

原告の本訴請求は、憲法第三二条の裁判を受ける権利に基づくものであり、弁護士法第四五条第二項に定める被告日本弁護士連合会の存在目的からしても当然に基礎づけられる。

〔請求原因〕

一  原告は、昭和四一年四月一日から被告札幌弁護士会に所属し、かつ、被告日本弁護士連合会に所属する弁護士である。

二  乙川一夫は、昭和四九年三月、被告札幌弁護士会に原告を懲戒することを求めたところ、同被告の綱紀委員会は、答弁書の提出を原告に求めた。

三  そこで、原告は、弁護士法第二三条の二第一項前段の規定に基づき、乙川一夫の請求による原告に対する懲戒事件について、同年七月二五日、被告札幌弁護士会に対し、札幌地方裁判所及び札幌簡易裁判所に照会して乙川一夫を当事者として過去二〇年間右各裁判所に係属した事件の件数、事件番号及び事件名につき報告を求めることを申し出た。

四  被告札幌弁護士会は、同年七月二六日札弁第六〇六号をもって原告に対し、原告の申出が弁護士法第二三条の二の受任している事件に該当しないので適当でないことを理由に、これを拒絶した。

五  原告は、弁護士法の前記規定に基づき、受任している丙谷ハル子の乙川一夫に対する札幌地方裁判所昭和四九年(ワ)第五三三号慰謝料請求事件について、同年七月三〇日、改めて被告札幌弁護士会に対し、乙川一夫の悪性を立証するため札幌地方裁判所及び札幌簡易裁判所に照会して前記事項の報告を求めることを申し出た。

六  被告札幌弁護士会は、同年八月二日札弁第六一〇号をもって原告に対し、求報告事項がその事由に照らして妥当でないこと、更に、このような事項についての裁判所における調査が至難であり、その回答を得られる見通しが全くないことがわかったことを理由に、原告の右申出も拒絶した。

七  原告は、被告札幌弁護士会の処置を不服として、昭和五一年一月二二日付で、被告日本弁護士連合会に対し、「札幌弁護士会の処置に対する不服申立書」を提出したところ、被告日本弁護士連合会は、同年五月一四日日弁連総第一一九号をもって原告に対し、被告札幌弁護士会が原告に対してした処置については、同被告の「照会手続申出規則」に違反しない以上、その自治を尊重して監督権を発動しない旨回答した。

八  しかし、被告札幌弁護士会が昭和四九年七月二六日札弁第六〇六号及び同年八月二日札弁第六一〇号をもって原告に対してした各決定処分並びに被告日本弁護士連合会が昭和五一年五月一四日日弁連総第一一九号をもって原告に対してした決定処分は、いずれも会員たる弁護士の権利を合理的理由もなく制限した違法かつ不当な処分である。

よって、原告は、被告らに対し、その取消しを求める。

〔請求原因に対する被告札幌弁護士会の答弁〕

請求原因第一項ないし第六項の事実を認める。同第八項を争う。

第三証拠《省略》

理由

原告の本訴請求は、被告札幌弁護士会が原告の弁護士法第二三条の二第一項前段の規定に基づく各報告を求める申出を拒絶したこと及び被告日本弁護士連合会が原告の被告札幌弁護士会が原告に対してした処置に対する不服の申立てにつき監督権を発動しない旨回答したことの取消しを求めるものであるが、このような拒絶及び回答の取消しを求めて裁判所に出訴することを認めた法律の規定はないから、本件訴えは、不適法というほかはない。

すなわち、弁護士法第二三条の二は、第一項において「弁護士は、受任している事件について、所属弁護士会に対し、公務所又は公私の団体に照会して必要な事項の報告を求めることを申し出ることができる。申出があった場合において、当該弁護士会は、その申出が適当でないと認めるときは、これを拒絶することができる。」と規定し、第二項において「弁護士会は、前項の規定による申出に基づき、公務所又は公私の団体に照会して必要な事項の報告を求めることができる。」と規定している。しかし、弁護士からの報告を求める申出に対する弁護士会の拒絶に対して裁判所にその取消しを求める途を開いた明文の規定はない。思うに、弁護士法第二三条の二は、弁護士が基本的人権を擁護し、社会正義を実現することを使命とするものであることにかんがみ、これに職務上積極的に役立つ重要な権限を与えるものであるところから慎重な配慮を加えており、直接に個々の弁護士に対してはその権限を与えず、弁護士の指導、連絡及び監督に関する事務を行なう公的機関たる弁護士会に対してのみ所属弁護士からの申出を受け、十分にその必要性、相当性を判断して右申出を取捨したうえ、適当でないと認めるときはこれを拒絶し、その他のときは弁護士会の名において公務所又は公私の団体に照会して必要な事項の報告を求めることができる権限を与えたものであって、単に弁護士又は依頼者個人の利益を擁護するための規定ではない。それゆえ、弁護士からの報告を求める申出に対する弁護士会の拒絶に不服があるとしても、法律に特に出訴を認める規定がないかぎり、その取消しを求めて裁判所に出訴することは許されない。次に、被告日本弁護士連合会は、弁護士の使命及び職務にかんがみ、その品位を保持し、弁護士事務の改善進歩を図るため、弁護士及び弁護士会の指導、連絡及び監督に関する事務を行なうことを目的とする(弁護士法第四五条第二項)が、弁護士会の処置を不服として被告日本弁護士連合会に監督権の行使を求める申立てをしても、それは、同被告の弁護士会に対する監督権の行使を促すだけのものにすぎず、監督権を行使するかどうかは同被告の自主的な判断に任せられているから、これを行使しないという回答に不服があるとしても、その当否の判断は裁判所の権限外に属する事項であって、法律に特に出訴を認める規定がないかぎり、これについても、その取消しを求めて裁判所に出訴することは許されない。

なお、原告は、原告の本訴請求は、憲法第三二条の裁判を受ける権利に基づくものであり、弁護士法第四五条第二項に定める被告日本弁護士連合会の存在目的からしても当然に基礎づけられると主張する。しかし、憲法第三二条は、訴訟の当事者が訴訟の目的たる権利関係につき裁判所の判断を求める法律上の利益を有することを前提として、そのような訴訟につき本案の裁判を受ける権利を保障したものであって、右利益の有無にかかわらず、常に本案につき裁判を受ける権利を保障したものではない。また、弁護士法の右規定も、被告日本弁護士連合会の目的を定めたものであって裁判所に出訴することを認めた規定ではないから、いずれも原告の本訴請求を基礎づける法的根拠となるものではない。

よって、本件訴えを不適法として却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 安達敬 裁判官 星野雅紀 富田善範)

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